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Book review 〜春風駘蕩〜

気に入った本の書評・感想や本関連の話題を書いていきたいです。

太郎坊 幸田露伴

あらすじ

主人公は丈夫づくりの薄禿の男。ある真夏の、日の傾く頃、細君に酌をして貰い、いい気分で杯を重ねていた。しかしほろ酔いになったところで、手にしていた猪口を取り落として割ってしまう。この猪口は太郎坊と呼んで大事につかっていたものであった。細君が新しい猪口を持ってきても、主人は太郎坊を眺め「もう継げないだろうか」などと未練を言う。実はこの太郎坊、主人の若い頃に想い人の父親に貰ったものであり、その想い人との思い出そのものであった。主人は未練を断ち切るように、細君に太郎坊の来歴を語り始めた…

幸田露伴 (ちくま日本文学 23)

幸田露伴 (ちくま日本文学 23)

 

 

読んでみて…

「…ハハハハ、どうもちッと馬鹿らしいようで真面目では話せないが。」

と主人は一口飲んで、
「まあいいわ。これもマア、酒に酔ったこの場だけの坐興で、半分位も虚言(うそ)を交まぜて談(はなす)ことだと思って聞いていてくれ。ハハハハハ。… 」

そう言って主人は、太郎坊の来歴を語り出した。「虚言を交ぜて」と主人は言うが、これは過去の色恋を細君に話すのが恥ずかしいが故に、目くらましに投げかけた言葉であろう。

上記引用文から後は、殆どが主人の独白となる。引用文からも十分に伝わると思うが、露伴お得意のテンポの良さと歯切れの良さで、読みやすく、古さを感じさせない。古さを感じるとすれば、若き主人が想い人を太郎坊を使って揶揄うくだり。明治の男女の距離感が伝わる微笑ましい一文であった。

 

太郎坊はわずか10ページ程度の短編である。

しかし、その中には露伴の筆の妙が凝縮されている(露伴が好きな中国思想的な要素や、伝奇作品ではないが)。むしろ、色恋の甘酸っぱさを薄禿の主人に託し、太郎坊を介して、婉曲的に描いたところにこの作品の価値や面白さがあるのではないだろうか。