Book review 〜春風駘蕩〜

気に入った本の書評・感想や本関連の話題を書いていきたいです。

きつね馬

久光の上洛は、当人の意思とはべつに、幕末の情勢を一挙に革命前夜におとしいれたといっていい。 p.210

酔って候<新装版> (文春文庫)

酔って候<新装版> (文春文庫)



第12代薩摩藩島津忠義 の父親であり、幕末薩摩の実質的最高権力者である 島津久光 が主人公。

お由羅騒動から説き起こし、公武合体運動を経て、版籍奉還までの物語。その裏では精忠組の 大久保利通 が暗躍しているため、裏の主人公は彼といえる。


ところで、タイトルをきつね馬という。
このきつね馬、「狐を馬に乗せたような」というたとえを言うらしい。その意味を調べてみると、三省堂 大辞林に曰く、
動揺が激しく,落ち着きがないようす。また,言うことにとりとめがなく,信用できないようす。
とある。

これは、今昔物語 巻二十七第四十一所収の「高陽川の狐女に変じて馬の尻に乗る語」から生まれた古事成語ということだ。

そのあらすじは、女に化けて悪戯をしていた狐をとある武士が捕らえ、毛を焼いて懲らしめて放したというものである。

本作では、島津久光を皮肉的にきつね馬になぞらえたようだ。


さて、本編の久光もきつね馬の例えの如くに落ち着きがない。

長期的な見通しが立てられず、目先の事ばかりに気を取られ、自分の企図とは全く別の方向へと事が運んでしまっている。

幕末の動乱の時代には、どのように時勢が転ぶかなどは誰も知り得なかったであろう。

しかし久光ほど、その行動により、しかも全く企図しなかった方向へ時勢を変転させた人物も同時代では類を見ない。

しかもそれが、息子を隠居させ家督を継ぎたいなどという稚気を帯びた思想に端を発するなどということは、何をか言わんやである。