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Book review 〜春風駘蕩〜

気に入った本の書評・感想や本関連の話題を書いていきたいです。

重庵の転々

それからの重庵の動作のすばやさは、鬼神のようで、はじめは左右前後に飛びつつ将監の目をくらませ、やがて動きをとめ、まっすぐに押し、位押しに押しつつ跳躍し、将監の右肩を、鎖骨も肩甲骨もくだけるほどに撃ちおろした。げんにくだけた。宇八郎が撃たれたのとおなじ箇所であった。重庵はとびさがって宗純のほうへ一礼し、すぐ場外へ去り、戸板の上の宇八郎の治療をした。

馬上少年過ぐ (新潮文庫)

馬上少年過ぐ (新潮文庫)



たとえ人より頭抜けた才を持っていても、生まれた時代や土地の価値観・社会観により立身出世を阻まれる者がいる。
そのような人物が本作の主人公、山田重庵である。

この重庵という号に関しては、最後にその種明かしが待っており、驚かされた。
 

本作の主人公のモデルには史料が少ないためか、多分に創作が入っている印象を受ける。

また重庵本人の行動以上に、伊予宇和島をはじめとする四国に関する衒学的な小噺が多く挿入されていることからも、その印象を裏付けていると思われる。


ところで伊予松山といえば、「坂の上の雲」の秋山兄弟と正岡子規の故郷である。

「竜馬が行く」で幕末を描いた後に、「夏草の賦」や「戦雲の夢」で戦国時代の長曾我部氏を描いたように、本作も同地の他時代という形でのスピンオフ的な作品として位置付けられそうだ。


さて重庵という人は、論理的に思考できる合理主義者というふうに本作では描かれている。
しかし、その合理は人々の感情を踏まえた上でのものではないために、同業者に嫌われてしまう。

司馬遼太郎は、大村益次郎をはじめとする斯様な合理主義者が好きなようだが、重庵も完全にこの型に当て嵌まる。
だが英雄と呼ばれる類の人物では決してないため、やや暗い印象は否めない。

本作の面白みはその陰湿な印象により、転々と立場が変わっていくところにある。


しかしその能力は高いものなのである。
私は、俗な言い方でいえば「相手の立場になって物を考える重要性」「誰にでも評価できる点があるという事実」。
そういったメッセージに読んだ。