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Book review 〜春風駘蕩〜

気に入った本の書評・感想や本関連の話題を書いていきたいです。

馬上少年過ぐ

伊達政宗という、戦国人としてはひどく若年から突出したこの男が、奥州の活動家として成立してゆく基盤はことごとくこの輝宗がつくった。つくりかたが、奇妙であった。ことごとく輝宗自身がみずからえらんだ自己犠牲によっている。 p.211

馬上少年過ぐ (新潮文庫)

馬上少年過ぐ (新潮文庫)


本書は、表題作を含む7作品の短編集である。
本書評は、所載の一短編『馬上少年過ぐ』に関するものである。



タイトルの「馬上少年過ぐ」とは、伊達政宗が晩年に詠んだ詩の冒頭部である。
本作は、それらの詩より政宗の内面にメスを入れ、父 輝宗 の死までを描いた小説だ。
 

読んでふと気付いた事がある。
往年の武田信玄との共通点だ。

まず、父との関係。
政宗は父に対し、本作のクライマックスに見られる行動に出る。
対して信玄は、クーデターにより父を追放した。

そして領土的な野心。
両者ともに領外の均衡を破り、版図を広げる事に腐心しているのだ。

動機に関しては異なれど、双方の行動に関して共通点が見出される。


が、父自身の振る舞いは違っている。

信玄の父 信虎 の場合、信玄とはそりが合わなかったとされる。
武田氏の軍法をまとめた「甲陽軍鑑」には、信虎は次男に家督を相続させようとしたという記述まであるのだ。

対して政宗の父 輝宗は教育熱心であり、自己犠牲により政宗という人間をかたちづくっていった。
こちらは、政宗に家督を譲る気満々である。


そして、両者は共に父を否定するような行動に及んだ。  

信玄の場合はクーデターが起こせたからには、それなりのカリスマ性、求心力があったのであろう。
そして、何よりも父に厭われていた。 

政宗の場合がわからない。
意図したものだったのか。
はたまた不本意であったのか。

小説でも確言は避けている。
どちらが正解なのか、場合分けして考えることが歴史の醍醐味のひとつではないか。


さて、政宗自身に話を戻すと、政宗は陸奥(道の奥)と呼ばれる僻地に生まれており、京の地が遠かった。

ましてや、家督相続をしたのは本能寺の変の2年後で、時代が天下を望むなどということを許さなかった。

故に「馬上少年過ぐ」なのである。
 


本作のような、詩歌を通して人間を考察するという作品は近年ではなかなか見ないように思う。

故に貴重な歴史短編小説のひとつではなかろうか。